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Yondana

読んだこと、学んだこと、楽しんだこと、思ったことを書き留めてしまっておく場所。

大江健三郎『死者の奢り・飼育』が暴く人間のサディズム

本の紹介

 

こんにちは。

 

大江健三郎川端康成と並んで、ノーベル文学賞を受賞した日本人作家ですが、 

作品を読んだことのある人は少ないのではないかと思います。 

 

私も新潮文庫から出ているこの1冊しか読んだことがありません。 

 

大江健三郎『死者の奢り・飼育』

死者の奢り・飼育 (新潮文庫) | 大江 健三郎 |本 | 通販 | Amazon

 

収録されているのは 

「死者の奢り」 

「他人の足」 

「飼育」 

「人間の羊」など6編です。 

 

一番印象的だったのは「人間の羊」。 

というより、全体を通して匂い立つような人間の野性のかおり。 

生きた人間と死体。水や土や泥と建物や乗り物。服を着た理性と裸の本能。 

ふだん明確に区別されているものが、大江健三郎の小説の中ではごちゃごちゃに混じり合っています。 

 

社会の目から離れた人間のサディズム

感想をかんたんに述べると、この本は読み進めるごとに自分の野性的な部分を暴かれる本です。 

 

例えば、「死者の奢り」では薬液に浸された死体を移動させながら女性の中絶の告白を聞き、「他人の足」では脊椎カリエスの少年と看護師の性的な戯れが描かれ、 

「飼育」では黒人兵を奴隷とも仲間ともつかない距離で飼育する様が描かれています。 

 

どれも現代の日本人にはそうそう身近には感じないシチュエーションです。 

 

なのに、読了後に襲ってくるのは、 

「こんなおぞましい話に見に覚えのある自分」へのショックです。 

 

描かれている 

いやらしさ、いじわるさ、野性、暴力性、残虐性。 

 

これらを自分も生まれながらに持っていたということを思い出しながら読み進めるはめになります。 

 

例えば、  小さい頃に土を手で掻いて遊んだときの、 

爪に入り込む泥の感覚 。

しめった草の汁と昨日の雨の匂い。 

ぐりぐりうごく視力のない虫 。

その虫を木の枝ですくい上げて、穴の一番深いところに落として、生き埋めにしてしまう 。

 誰の中にもあるようなこんな無表情の残虐さは、いつのまにか身を潜めてなかったことになります。 

石鹸で手を洗い、毎日垢を流した体に清潔な服をまとって、文明的な人間の姿勢をして生きていきます。 

自分の残虐さは忘れて、悲惨な映画を見て涙を流したりします。 

 

大江健三郎の文学はそんな私達に、自分の残虐だった頃を突きつけてきます。 

 この本の舞台は、病棟や療養所、村やバスの中など、一時的に社会の目を逃れられる場所です。 

秩序のない空間で、人間の生来のサディズムが解放される。 

 

もしもあなたが、今近くにいる人間10人と、社会の目のない場所に閉じ込められたら、どんなことが起こると思いますが?

ここで少しでも恐怖を感じたなら、それはあなた自身が”社会の目さえなければ解放してしまいたい残虐さ”を持っているからです。

 

大江健三郎の文学を読むことは、私にとってこういうことです。

感覚的な感想で失礼しました。

 

それでは。